そうしてその煙をまた、静かに燻らせる。


 灯火


自分の中にある全ての黒い感情を一息に込め、それを押し出すかのように、ディーノはにごった白い煙を外へと吐き出す。その香はお世辞にも芳しいといえるものではなかったがしかし、今の彼にとってはその苦さが心地よかった。口から離し、指に咥えた煙草をもう一度口元へと運び、再度その煙を自分の中へと取り入れ、そうしてまた一点の曇もない空へと放つ。放たれた先の燦々とした青は、今の彼にとってはとても眩しいもののように思えた。

―瞼にこびり付いた、一時間前の惨状と比べれば。

足元に広がる、鈍い光を放つ闇がかった紅の泉。その上には数秒前まで「人」であったはずのものが横たわってる。
それも、一つではなく、数え切れないほど。
その惨劇を起こしたはずである当の本人、ディーノですら、その数は計り知れなかった。
それらは無数の傷を其の体に纏い、そこから新たな泉を生み出していた。それぞれが全く違う衣服を着ているはずなのに、彼がつけた傷のせいで、全員が同じ服を纏っているかのようだった。紅色に染まる、傷だらけの衣服達。

そう、この惨劇は、彼自身が引き起こしたもの。

今日というこの日、彼は一つの「ファミリー」という、大きなものを潰した。
その行為をしたこと、その惨劇を引き起こしたことに、未だに後悔というものは欠片も感じることはできなかった。実際、自分がやらなければ、自身の命を、そして仲間を失ったであろうし、あのまま彼らを放置しておいたならば、マフィアではない多くの人間も危険にさらされたことだろう。そんなことをディーノは望まなかったし、そうさせないために彼は自ら手を下したのだ。
それは酷く当たり前で、この道を選んだ自分の使命のようにも思えた。


だが彼は、その惨劇を平然と、何事もなく忘れ去るには、彼はあまりにも若すぎた。



煙草を持つ手が、指先が微かに震える。
情けない、と、そう思いながらもう片方の手で震える手を押さえるが、どうあってもそれを止めることはできなかった。
ふとその先を見やると、煌々と光る赤が、自分の指先まで迫っていたことに気づく。
火傷の一歩手前。その状態になるまで、赤が指先へと迫っていたことに気がつかなかった。
その様子は、今の自分の動揺を如実に表し、嘲っているかのようで。それを感じ、無意識に自嘲的な笑みを浮かべる。
その光を冷たい床に押し付け、煙を出しながら無に帰す。自分で消したその灯火の残骸は、先程の地の泉とは違う、紅ではなく、灰。


だが、今の彼にはどちらも大差の無いものだった。
手を下せばいとも簡単に消えてしまう、命という名の、灯火。自身を傷つけることもでき、重く感じられるそれの、消える瞬間は酷く、儚い。その癖、床に、人に、強く爪跡を残す。

「殺す」という、この世界では当たり前の摂理であるはずのことが、理性では理解できても、感情がついていかない。目の前で晒された大量の「死」は確実にディーノの精神を蝕んでいく。

ころしたくない、でも、うしないたくもない。

下した決断は、「殺すこと」だった。

心の中で渦巻くその矛盾が、更なる黒を心の中に生み出す。その黒は、その決断を下すたびにじわじわとディーノの心を支配し、そのはけ口を塞ぐ。
シガレットケースから更に一本、先端に赤色をつけ、再び口元に運ぶ。その儚く、短い命の赤が、苦い香が少しだけ彼の心を落ち着かせる。香を肺まで押し込み、動揺をまた少しだけ抑えようとする。


人気も、人目も無いバルコニーで、こうして煙草を吸うのはこれで2度目だった。




1度目は、初めて自らの手で人を殺した時だった。殺したことには微塵の後悔も感じていなかったが、その時の感触は過ぎた今となっても手が鮮明に覚えていた。
今後何度と同じ行為を重ねても、決してなれることの無いであろうその感触は、恐怖を生み出し、震えという形をとって全身に現れる。
それを落ち着かせるために、情けない自分の姿を自分だけの中で留める為に、ディーノは殺しを終えた後ここに来ていたのだった。


吸っていた煙草をもう一度地へ押し付けたとき、ふと部屋へとつながる扉が開いたことに気づく。
目に映った、白い衣服を身にまとった彼女の姿は、人を殺したばかりの彼には、やけに綺麗に感じられた。



「どうした、。」
心の内を読み取られないよう、なるべく落ち着いて話しかける。普段から支えになってくれている彼女にも、マフィアのボスとしてはあまりにも矛盾した恐怖は知られたくはなかった。
「いえ…しばらく、お戻りにならなかったので。大丈夫なら、なによりです。」
そう告げた彼女は、一度は安堵したかのように見えたが、ふと目に入った彼の異変に気づき、その表情を曇らせる。その異変を指摘するために、先程閉じた唇を再び動かす。
「…あなたが煙草を吸うなんて、珍しいですね?」
その声は落ち着いていたものの、少しだけ、不安の色が含まれていた。ディーノのうちにある恐怖に感づいたわけではないだろうが、それでも普段とは違う彼に多少の心配を抱いているのだろう。
「いや…ちょっと、な。」
心配する彼女に、そういって沈黙することしかできなかった。それ以上言葉を続ける代わりに、彼女の肩をつかみ、自分の方へと引き寄せ、抱きしめる。腕の中の彼女の体は、儚いが、優しい温かみを持っていた。
その温もりを確かめるかのように、動揺する彼女の体をもう一度きつく抱きしめなおす。


「ごめん…ちょっと、このままでいさせてくれ。」
きつく抱きしめられ、声には出さないにも腕の中で多少苦しそうにしている彼女に耳元でそっと声をかける。その声色は普段の甘いものとは違う、少しだけの恐怖を含んだもの。



「あの、本当に、大丈夫…ですか?」
しばらくしてから、がそう尋ねる。
先程からの態度に余程心配したのであろう、その疑問は、不安を含んでいるのにディーノにはとても優しく感じられた。
その優しさが、温かさが、彼に安息をもたらす。
「大丈夫だよ」、と、そう伝える代わりに、普段どおりの余裕のあるキスを彼女に贈る。


少しだけ苦く、そして温かいそのキスが、煙草だけでは得ることのできなかった安息を彼にもたらした。



(目の前に感じた温もりが、生が、僅かに灯る炎なんかより余程、俺に安息を与えた。)







あとがき
多分ボスに成り立てとか、そんな感じ(煙草の年齢制限は気にしない方向で
自分が綱吉に似ているといっていたところから、人を殺すことに対する恐怖を「最初は」感じていたんじゃないかというところからの捏造。(妄想とも言う
煙草を吸うシーンにえらい時間を掛けたので、尻すぼみになり気味。

どうでもいいけど、肝心の恋愛シーンが微妙になるという罠(名前変換少ないよ。だって全体の三分の一しか・・・!